2012年01月07日
紋別の鮭・鱒
オホーツク紋別のさけ・ます漁業 モベツ川での資源・環境調査 ウライと産卵を終えた親魚 渚滑(ショコツ)川でのサケの捕獲 増養殖のための親魚の採捕作業 第27回北方圏国際シンポジウム「オホーツク海と流氷」 2月22日(水曜日) ふるさとの海では、天然さけ・ますのお話しをします。 会場:紋別市文化会館 午後1時から第 - 回 紋別のサケ・マス
2012年01月01日
2011年12月24日
白瀬探検隊と北海道のゆかり

明治の南極探検 5 北海道にゆかりの白瀬南極探検隊員 北方開発に貢献し、北海道庁の官吏でもあった『白瀬矗』が南極に上陸してちょうど100年(1912年1月16日)、そのほか北海道にゆかりの者がいた。それは北海道人の陸上隊員・吉野(前述)と野村船長らである。 開南創刊号・S14年 ①白瀬隊長、道庁時代のエピソード 白瀬は、明治35年10月から約2年ばかり、北海道庁の教育課にあったが、このときのエピソードを記したのが「北海魔境・雷電峠決死旅行(探検世界・明治42年)」である。 それは岩内支庁において、翌朝8時に実施の教員試験問題が届いていないという緊急事態が発生し、白瀬は急きょ、札幌を発したが、険しい稲穂峠の麓に至った時には、すでに午後8時となっていた。山中では羆と出くわし、潜んでいた白瀬を踏んで乗り越えて行ったとか、死美人と遭遇したとか…。 このとき無事に試験問題を送達し得た白瀬は、報奨されている。 ②野村船長、北海道とのゆかり 野村直吉船長は、流氷の中で北前船を操船した経験を生かしたいと南極探検に応募した。父も兄も北前船の船頭で、隊員の募集の時には、直吉本人も函館の兄のもとで船乗りをしていた。雇主の能登の西村屋は、幕末から厚岸と函館に支店を置いて廻船問屋として活躍していた。 日露戦争では軍用船の窮地を救い勲章を授与されており、冷静沈着、すぐれた技術と判断力を兼ね備えていた。小さな開南丸での大航海は、英国地理学協会で称賛されている。 また、第2次探検際に厳寒の海中で海豹と格闘した柴田兼治郎水夫は、郡司成忠らと千島・カムチャッカへ渡った経験があった。
第290回 白瀬の南極探検 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年12月23日
白瀬隊長毒殺未遂

明治の南極探検4 ○白瀬隊長暗殺未遂事件 「吠える40度、狂う50度、叫ぶ60度」と云われる暴風圏において、たった204㌧の開南丸は、まるで漂う木の葉のようだった。南氷洋では、危うく氷塊に押しつぶされるところだった。 南極大陸に到達するという目標を失った隊員たちは、緊張の糸が切れたのか体調を崩すものも多く現れ、そして船員と陸上員とが対立するようになる。何事も軍隊式の白瀬にも不満だった。 こうして起こったのが「白瀬隊長暗殺未遂事件」で、白瀬を毒殺して探検を切り上げ、そのまま本国へ引き揚げようと謀ったが、それを察知した山辺と花守が白瀬に伝えて事なきを得た。記録には残されていないが、白瀬自身が近親者に語ったもので、信ぴょう性は高い。 再起を計った第2次探検では、隊員の入れ替えが行われており、これと関係しているのかも知れない。 出典「白瀬中尉探検記・S17年」
第289回 白瀬の南極探検 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年12月16日
2011年12月10日
白瀬の一次探検

明治の南極探検 3 ◆樺太イヌ受難 赤道が近づくにつれて気温はぐんぐんと上がった。2月5日には、樺太イヌ3頭が死んで水葬にした。19日に北回帰線に達すると気温はますます上昇、明治43年12月29日、ついに南半球に入った。望遠鏡に赤線を引いて赤道が見えるとハシャイで云った。 炎天直下、米が傷み、缶詰までもが腐ってガスが発生した。そして北国育ちの樺太イヌが、バタバタと死んでいった。 3月3日には、「たろう」と「じろう」の2頭だけになり、27日にはとうとう「たろう」だけとなった。結局、ソリ用に集められた30頭のうち、29頭が死んでしまった。犬係の樺太アイヌ、山辺と花村は我子を失ったようで、その落胆ぶりは非常に大きかった(戦後の第一次観測隊に参加したタロとジロの名前は、これにちなむ)。 ◆いよいよ南極海、第一次探検 明治44年2月8日にニュージーランドのウエリントン港に入り、3日間、滞在して燃料と食料を補給した。そこを11日に出港、17日にはペンギンを捕えて、白瀬隊長はご満悦だった。25日にオーロラを見る。28日に初めて氷山に遭遇した。 いよいよ3月3日に南極圏へ突入した。この頃から氷塊、氷山が絶え間なく漂流するようになる。6日にはついに南極大陸を見とめて、一同、狂喜する。8日、目を覚ますと開南丸は大氷崖に沿って進んでいた。流氷の少ないところを進んで行くが、時折りゴリゴリと船体に氷が当たる。10日の夜、幹部会を開いて、このまま大陸に進み、適地に越冬隊を残して船を退避させ、解氷期を待って再来して回収することを確認した。 3月12日には、とうとう氷塊に阻まれて前進することが出来なくなった。このままでは、結氷のため今来た航路も塞がれてしまう。やむなく後進、南緯74度16分、東経172度7分であった。 ようやく14日には氷野を脱し、別地点への上陸を模索したが、次々と現れる氷塊に船は思うように進まないうえ、さらに吹雪が襲って来た。同日の夕食後、野村船長は、これ以上の前進は不可能であり、一度、オーストラリアに戻って解氷期を待ち、再起を図ろうと提案、東京からの出港の出遅れは如何ともしがたく、もはや結氷期に入っていた。無念!! 出典「南極探検・T2年」 花村(左)と山辺 出典「山岳第年第二号・S12年」 第二次探検のとき
第288回 白瀬の南極探検 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年12月08日
金田一記念文庫

金田一記念文庫移管十周年記念事業 この平成二三年十一月二〇日~二七日の間、滝川市にある國學院大學北海道短期大学部において、アイヌ民族のユーカラを世に知らしめた金田一京助博士の蔵書の一部が公開され、二三日には佐々木利和氏ほか諸氏による講演会が開催された。展示会では、蝦夷語箋(上原熊次郎)や蝦夷葉那誌(松浦武四郎)のほか、何より児玉貞良のアイヌ風俗絵巻が目を引いた。これら多くの資料は、広く研究者に利用され、また、同学部図書館でも北方史やアイヌ民族に関わる図書の閲覧と貸し出しを行っており、地域の学術資源として貴重なものとなっている。
第287回 金田一先生 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年11月27日
白瀬、南極へ

明治の南極探検 2 ◆千島の探検 『白瀬矗』は子供のころから利発でヤンチャ、北極探検を夢見ていた。まずは手始めに千島の探検を企画していたところ、「郡司成忠」の千島開発の計画を聞き、これに参加することにした。白瀬は、明治26年3月20日に隅田川築堤を発った郡司ら「報効義会」の一行と函館で合流した。そこから民間船に便乗し、国境の占守島へ向かったが、途中、渡島を拒まれ、目的を果たせずにいたところ、偶々、軍艦磐城の協力を得て、ようやく8月31日に占守島へ上陸した。白瀬らは、占守島を根拠に3島に分かれて2回の越冬を試み、カムチャッカを探検し、千島北部の資源の豊かさを確認するなど大きな成果をあげた一方、支援が途絶えたことで、捨子古丹島の9名が全滅したほか、死亡者が13名という悲惨な結果に終わった。 ◆南極探検へ 苛酷な条件を生き抜いた白瀬は、ますます自信を深めていたが、アメリカ人のピアリーが北極点に達したと知ると、目標を南極探検に変更した。各所に探検への支援を働きかけ、政府援助の約束を得たが、結局、資金の融通は無いまま、一番の課題であった探検船も北方探検の同胞であった報効義会の新造船・「第二報効丸」を買取ることになった。この第二報効丸に補助の蒸気エンジンを取り付け、船体には鋼板を張り付けて、東郷元帥が『開南丸』と命名した。いよいよ出港することになり、明治43年11月28日には、芝浦で五万人とも云われる壮行会が催され、翌29日に華々しく品川を出港した。 出典「郡司大尉・S14年」 白瀬らを占守島へ運んだ軍艦磐城 同左 郡司海軍大尉 出典「開南創刊号・S14年」 大隈翁の壮行演説 出典「アサヒグラフ新年特大号・S31年」 開南丸 出典「開南創刊号・S14年」 後列右から白瀬隊長・野村船長
第286回 白瀬の南極探検 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年11月23日
南極に渡った北海道人

明治の南極探検 郡司成忠と伴に北方開発に貢献し、北海道庁の官吏でもあった『白瀬矗』が南極に上陸して百年を迎える。研究者の間では、樺太アイヌの二名が最終地点の南緯八〇度五分、西経一五六度三七分に至ったことは良く知られているが、この探検に北海道人の『吉野義忠』がいたことは、ほとんど忘れ去られている。 吉野は、明治二一年九月一七日に香川県丸亀市に生まれる。明治三三年に北海道の増毛町に移住し、大正七年には室蘭へ転籍しており、この間の詳しい動向は、もはや全くの不明である。 日本人の海外進出、特に苦学生を支援するために創設された日本力行会の会員であった若き早大生は、世界を夢見て白瀬南極探検隊の被服係として参加、明治四五年一月一六日に白瀬、武田、三井所、村松、吉野、山辺(樺太アイヌ)、花守(樺太アイヌ)の7名で上陸し、吉野と村松は根拠地隊として南緯七八度三三分、西経一六四度二二分にテントを張って気象観測を行った。 後に渡米して皿洗いからホテル事業を興し、戦後の南極観測再開の時には、ロサンゼルスからエールを送っている。 占守島に於ける白瀬中尉 出典「郡司大尉・S14年 」探検船開南丸は、北方開発で使用された第二報効丸だった。 出典「白瀬中尉探検記・S17年」 右から二人目が吉野 出典「南極探検・T2年」 明治45年1月28日最終到達点で日章旗を掲げる白瀬隊長 出典「山岳第三十一年第二号・S12年」
第285回 白瀬の南極探検 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年11月16日
網走市立郷土博物館友の会
建築家・田上義也を語る/網走市立郷土博物館 郷土を愛し博物館に集う『網走市立郷土博物館友の会』は昭和25年に発足し、その活動も60年を越えた。友の会では「歴史」、「動植物」、「天文」の3部会に分かれて講習会や観察会を年30回ほど開催し、そのほかボランティア活動など、博物館と共同して地域の学びに貢献している。 この11月12日には、北海道文化財保護協会副会長の角幸博北大名誉教授が、田上義也の戦前の代表作である同博物館を解説した。当日は、老若男女、歴男・歴女の約40人が参集して日頃は立入り禁止の展望ドームも公開、設計の特徴や見過ごしてしまいそうな小さな細工、フランク・ロイド・ライトに学び音楽に傾倒した田上の人となりが語られた。梨の木第284回 建築家・田上義也 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年11月05日
2011年10月29日
北海道文化財保護協会五十周年
北海道文化財保護協会五十周年記念式典

当会役員の皆さん 記念グッズを販売しました 50周年記念誌です 舟山会長、祝いの謡曲・高砂 文化財保護功労賞の皆さんと記念写真 文化財講演会 「正倉院宝物と光明皇后」 当会員の社中による邦楽演奏 北海道開拓記念館長 堀 達氏(前知事)もご来席 奈良国立博物館学芸部長 西山 厚 氏 無事、この10月22日に当会五十周年記念式典を終了することができました。 これまでの文化財行政のあゆみと現在の動向・課題、道内の文化財と当会の歴史をつづった『北海道文化財保護のあゆみ』を発刊いたしました。 道内の主要文化財と地域活動をご紹介し、そして当会機関誌「北海道の文化」の目録など、今後のご参考にされたいと存じます。 さて、文化財講演会では360人を超える歴男・歴女にお集まりをいただき、軽妙かつとっても分かりやすい、西山氏の魅惑の語りを堪能しました。 ご参加の皆さま、ご協賛をいただいた方々に、会員として御礼申し上げます。 ことしの功労表彰は、中標津町 粟野武夫 氏 ~50年以上に渡る植物の研究、天然記念物の保存に活躍した。 石狩市 石狩市郷土研究会~昭和35年に設立以来、市内の調査・研究をとおして文化財保護思想の普及に貢献した。 北見市 NPOピアソン会~北海道遺産ピアソン記念館の保存とその活動に努めた。 根室市 和田屯田歴史保存会~和田屯田被服庫の保存に尽力し、屯田兵の歴史を後世に伝える活発な地域活動を実践している。 の1個人、3団体です。さらなるご活躍を祈念いたします。 追伸 この度、文化財一筆箋と記念絵はがきを作成いたしましたので、買ってやって下さい。 釣山 史 当会事務局:TEL&FAX:011-271-4220 bunho@abelia.ocn.ne.jp
第281回 文化財保護協会50周年記念式典 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会

当会役員の皆さん 記念グッズを販売しました 50周年記念誌です 舟山会長、祝いの謡曲・高砂 文化財保護功労賞の皆さんと記念写真 文化財講演会 「正倉院宝物と光明皇后」 当会員の社中による邦楽演奏 北海道開拓記念館長 堀 達氏(前知事)もご来席 奈良国立博物館学芸部長 西山 厚 氏 無事、この10月22日に当会五十周年記念式典を終了することができました。 これまでの文化財行政のあゆみと現在の動向・課題、道内の文化財と当会の歴史をつづった『北海道文化財保護のあゆみ』を発刊いたしました。 道内の主要文化財と地域活動をご紹介し、そして当会機関誌「北海道の文化」の目録など、今後のご参考にされたいと存じます。 さて、文化財講演会では360人を超える歴男・歴女にお集まりをいただき、軽妙かつとっても分かりやすい、西山氏の魅惑の語りを堪能しました。 ご参加の皆さま、ご協賛をいただいた方々に、会員として御礼申し上げます。 ことしの功労表彰は、中標津町 粟野武夫 氏 ~50年以上に渡る植物の研究、天然記念物の保存に活躍した。 石狩市 石狩市郷土研究会~昭和35年に設立以来、市内の調査・研究をとおして文化財保護思想の普及に貢献した。 北見市 NPOピアソン会~北海道遺産ピアソン記念館の保存とその活動に努めた。 根室市 和田屯田歴史保存会~和田屯田被服庫の保存に尽力し、屯田兵の歴史を後世に伝える活発な地域活動を実践している。 の1個人、3団体です。さらなるご活躍を祈念いたします。 追伸 この度、文化財一筆箋と記念絵はがきを作成いたしましたので、買ってやって下さい。 釣山 史 当会事務局:TEL&FAX:011-271-4220 bunho@abelia.ocn.ne.jp
第281回 文化財保護協会50周年記念式典 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年10月26日
紋別漁協の食育
こどもたいけんがくしゅう ぎょぎょう を まなぶ ●道具と漁期のいろいろ ●サケの解体、ホタテむき体験 ●ロープワーク・便利なヒモ結び ●おみやげ、お魚ペーパークラフト どうぐ の いろいろ サケ と ホタテ の かいぼう べんり な ひもむすび 紋別漁協が主催、青年部が実行部隊で、「サケちゃんちゃん焼き」と「ホタテ貝焼き」を学んで食べる『こども(小学生)体験学習・漁業を学ぶ』が開催された。今まで、漁協女性部によるお料理教室などは行われていたが、「食育」を前面にうたった漁業者による体験学習会は紋別市で初めてとなる。 主催:紋別漁協、漁協青年部 共催:紋別市 ◆食育の参加者の内容 ・小学生 17名(3年生以下が多かった) ・保護者 7名+幼児3名 ・教育関連施設の職員 4名 2011/10/22 オホーツク青年の家(紋別市)第280回 紋別漁協の食育 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年10月16日
夕張の鉄道シンポ

北海道産業考古学会は夕張市を支援しています。 『2011年夕張市周辺の鉄道遺産の保存と利活用を考えるミニシンポジウム』-産業考古学的考察と夕張地区産業観光展開の展望- 日時:平成23年9月24日(土) 会場:アディーレ会館ゆうばり及びSL館 主催:北海道産業考古学会/夕張地域史研究資料調査室/三菱大夕張鉄道保存会有数の産炭地であった夕張市には、当時、活躍したSLのほか、橋梁などの多くの貴重な土木遺産が残っています。今一度、それらを評価し直し、あらためてマチづくりに活用しようじゃないですか!! 当日は市内外から凡そ70名程の皆さんが集い、夕張の魅力を再認識しました。 北海道天然記念物の大露頭 明治33年に開かれた旧天竜坑跡 三菱大夕張鉄道の廃雪モーターカー 当会(北海道産業考古学会)の山田会長 話題の鈴木新市長 夕張鉄道14号 当時の打検を再現 この日は閉館された「SL館」を特別に見学しました。
第279回 夕張の鉄道シンポ 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年10月09日
2011年10月07日
道東北の保存車両(改)
鉄の部屋、道東北編 ~保存車両いっぱい
C58139 湧別町計呂地交通公園 湧別町中湧別駅記念館 排雪モーターカー 湧別町五鹿山公園 三共工業製ラッセル 滝上町郷土館 9600形39628 滝上町北見滝ノ上駅舎記念館 KATO 5t 貨車移動機 網走市卯原内交通公園 9600形49643 斜里町ゆめホール知床広場 9600形59683 紋別市渚滑ふれあいパークゴルフ場 9600形69644 遠軽町公設グラウンド D51859 遠軽町公設グラウンド 雪カキ車キ100形282号 中標津町郷土館 C11 209 別海町鉄道記念館 D51-27 士別市つくも水郷公園 D51397 平取町振内鉄道記念館 D51-23 新得町SL広場 D5195 中頓別町寿公園 9600形49648 富良野文化会館 D51954 帯広市愛国駅交通記念館 9600形19671 帯広市幸福鉄道公園 排雪モーターカー 鶴居村ふるさと情報館 泰和車輛工業製DL機関車と自走客車 遠軽町丸瀬布森林公園いこいの森 西武5形蒸気機関車532 津別町相生鉄道公園 キ703 鹿追町緑町旧拓鉄鹿追駅跡 8600形8622 名寄公園 SL排雪列車「キマロキ」 帯広市とてっぽ通 十勝鉄道蒸気機関車4号・客車コハ23号 遠軽町丸瀬布森林公園いこいの森 森林鉄道蒸気機関車「雨宮21号」 音更町交通公園 キ704 音更町交通公園 8620形48624 和寒町郷土資料館 D51337 旧池北線陸別駅の転車台 SL&DL、排雪列車 道東北の保存車両
第278回 鉄がいっぱい、廃鉄の部屋 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
C58139 湧別町計呂地交通公園 湧別町中湧別駅記念館 排雪モーターカー 湧別町五鹿山公園 三共工業製ラッセル 滝上町郷土館 9600形39628 滝上町北見滝ノ上駅舎記念館 KATO 5t 貨車移動機 網走市卯原内交通公園 9600形49643 斜里町ゆめホール知床広場 9600形59683 紋別市渚滑ふれあいパークゴルフ場 9600形69644 遠軽町公設グラウンド D51859 遠軽町公設グラウンド 雪カキ車キ100形282号 中標津町郷土館 C11 209 別海町鉄道記念館 D51-27 士別市つくも水郷公園 D51397 平取町振内鉄道記念館 D51-23 新得町SL広場 D5195 中頓別町寿公園 9600形49648 富良野文化会館 D51954 帯広市愛国駅交通記念館 9600形19671 帯広市幸福鉄道公園 排雪モーターカー 鶴居村ふるさと情報館 泰和車輛工業製DL機関車と自走客車 遠軽町丸瀬布森林公園いこいの森 西武5形蒸気機関車532 津別町相生鉄道公園 キ703 鹿追町緑町旧拓鉄鹿追駅跡 8600形8622 名寄公園 SL排雪列車「キマロキ」 帯広市とてっぽ通 十勝鉄道蒸気機関車4号・客車コハ23号 遠軽町丸瀬布森林公園いこいの森 森林鉄道蒸気機関車「雨宮21号」 音更町交通公園 キ704 音更町交通公園 8620形48624 和寒町郷土資料館 D51337 旧池北線陸別駅の転車台 SL&DL、排雪列車 道東北の保存車両第278回 鉄がいっぱい、廃鉄の部屋 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年10月02日
文化財保護協会50周年
北海道文化財保護協会50周年記念式典と講演会


-号 外- 北海道文化財保護協会の50周年記念 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会


-号 外- 北海道文化財保護協会の50周年記念 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年09月27日
芦別の奉安殿

芦別の奉安殿、ふたつ 芦別小学校の旧奉安殿は、芦別神社へ移設されて水神さんを祭っている。 常磐小学校の旧奉安殿は、今も学校近くに馬頭観音堂として残る。 これらの奉安殿は、ふたつとも材質がコンクリート造りであり、外観も非常に似ている。特に、ともに向拝柱を用い、同色の鉄扉に金庫様のダイヤルを配している。ダイヤル扉は、他に見られない非常にめずらしいもの。
第277回 芦別市に残る奉安殿 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年09月22日
浦臼の奉安殿2
鶴沼の奉安殿2
以前に同地区にある金剛寺に移設された奉安殿は確認していたが、同じ鶴沼の真宗寺のものは見逃していた。
住職に確認したところ、詳しいことは判らないが、浦臼にあった奉安殿に間違いないとのこと。浦臼小学校のものか?瓦葺き煉瓦造りの美しいもので、威厳がある。




第276回 鶴沼の奉安殿2 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
以前に同地区にある金剛寺に移設された奉安殿は確認していたが、同じ鶴沼の真宗寺のものは見逃していた。
住職に確認したところ、詳しいことは判らないが、浦臼にあった奉安殿に間違いないとのこと。浦臼小学校のものか?瓦葺き煉瓦造りの美しいもので、威厳がある。
第276回 鶴沼の奉安殿2 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年09月19日
赤井川の奉安殿
轟鉱山跡の奉安殿
明治29年に発見された赤井川村の轟鉱山は、鴻之舞鉱山が発見されるまでは、北海道随一の金鉱であった。同31年から北海道鉱山(株)が、明治39年には田中鉱業㈱が買収し、もっぱら金を多産した。戦時の一時休山を経て戦後に再開、その後も休山と再開を繰り返して昭和62年が最後となった。
旧轟小学校の奉安殿は、荒れ果てた野に朽ちるのをタダ待つばかり。ダーティーロードなれど、普通車で通行可。ただし、途中、立ち入り禁止の看板あり。


第275回 金山跡の奉安殿 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
明治29年に発見された赤井川村の轟鉱山は、鴻之舞鉱山が発見されるまでは、北海道随一の金鉱であった。同31年から北海道鉱山(株)が、明治39年には田中鉱業㈱が買収し、もっぱら金を多産した。戦時の一時休山を経て戦後に再開、その後も休山と再開を繰り返して昭和62年が最後となった。
旧轟小学校の奉安殿は、荒れ果てた野に朽ちるのをタダ待つばかり。ダーティーロードなれど、普通車で通行可。ただし、途中、立ち入り禁止の看板あり。
第275回 金山跡の奉安殿 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年09月12日
道東北の歴史遺産⑥
北海道遺産・オホーツク沿岸の古代遺跡群③

道史跡・斜里朱円周堤墓(斜里町)と国史跡・白滝遺跡群(遠軽町) 白滝遺跡群(下)/旧石器工房を思わせる湧別技法と呼ばれる特殊な技能集団が黒曜石の原産地「赤石山」を中心に存在した。 斜里朱円周堤墓(上)/「朱円千穴」とも呼ばれる700を超える朱円竪穴住居跡群。ここでは珍しい2連のストーンサークルが見られる。 赤石山八号沢露頭 祝北海道文化財保護協会50周年
平成23年10月22日(土)
50周年記念講演 「正倉院宝物と光明皇后」
講師 西山厚 奈良国立博物館学芸部長
一般の方も聴講できます。
第274回 ストーンサークルと黒曜石 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会

道史跡・斜里朱円周堤墓(斜里町)と国史跡・白滝遺跡群(遠軽町) 白滝遺跡群(下)/旧石器工房を思わせる湧別技法と呼ばれる特殊な技能集団が黒曜石の原産地「赤石山」を中心に存在した。 斜里朱円周堤墓(上)/「朱円千穴」とも呼ばれる700を超える朱円竪穴住居跡群。ここでは珍しい2連のストーンサークルが見られる。 赤石山八号沢露頭 祝北海道文化財保護協会50周年
平成23年10月22日(土)
50周年記念講演 「正倉院宝物と光明皇后」
講師 西山厚 奈良国立博物館学芸部長
一般の方も聴講できます。
第274回 ストーンサークルと黒曜石 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年09月10日
道東北の歴史遺産⑤
北海道遺産・オホーツク沿岸の古代遺跡群②

国史跡の常呂遺跡(北見市)と最寄貝塚(網走市) 最寄貝塚(下)/大正2年に発見され、謎の海洋民族とも呼ばれた大よそ1200年前のオホーツク人の遺跡で、モヨロ人とも呼ぶ。 常呂遺跡(上)/大正13年に発見された遺跡には、擦文・オホーツク文化期を中心とする2500を超える竪穴住居跡や墳墓の窪みがある。 祝北海道文化財保護協会50周年
平成23年10月22日(土)
50周年記念講演 「正倉院宝物と光明皇后」
講師 西山厚 奈良国立博物館学芸部長
一般の方も聴講できます。
第272回 オホーツク人の里 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会

国史跡の常呂遺跡(北見市)と最寄貝塚(網走市) 最寄貝塚(下)/大正2年に発見され、謎の海洋民族とも呼ばれた大よそ1200年前のオホーツク人の遺跡で、モヨロ人とも呼ぶ。 常呂遺跡(上)/大正13年に発見された遺跡には、擦文・オホーツク文化期を中心とする2500を超える竪穴住居跡や墳墓の窪みがある。 祝北海道文化財保護協会50周年
平成23年10月22日(土)
50周年記念講演 「正倉院宝物と光明皇后」
講師 西山厚 奈良国立博物館学芸部長
一般の方も聴講できます。
第272回 オホーツク人の里 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年09月08日
道東北の歴史遺産④
北海道遺産・オホーツク沿岸の古代遺跡群①

道史跡・オムサロ台地竪穴群(紋別市)と道史跡・シブノツナイ竪穴住居跡(湧別町) オムサロ台地竪穴群(左)/オホーツク海に面した段丘にあり、縄文早期からオホーツク文化・擦文、アイヌ時代までの1万年に渡る住居址がある。 シブノツナイ竪穴住居跡(右)/草原に650を超す窪地が一望できる。主に擦文文化期を中心にした大規模遺跡。 祝北海道文化財保護協会50周年
平成23年10月22日(土)
50周年記念講演 「正倉院宝物と光明皇后」
講師 西山厚 奈良国立博物館学芸部長
一般の方も聴講できます。
第273回 紋別地方の竪穴群 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会

道史跡・オムサロ台地竪穴群(紋別市)と道史跡・シブノツナイ竪穴住居跡(湧別町) オムサロ台地竪穴群(左)/オホーツク海に面した段丘にあり、縄文早期からオホーツク文化・擦文、アイヌ時代までの1万年に渡る住居址がある。 シブノツナイ竪穴住居跡(右)/草原に650を超す窪地が一望できる。主に擦文文化期を中心にした大規模遺跡。 祝北海道文化財保護協会50周年
平成23年10月22日(土)
50周年記念講演 「正倉院宝物と光明皇后」
講師 西山厚 奈良国立博物館学芸部長
一般の方も聴講できます。
第273回 紋別地方の竪穴群 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年09月06日
廃鉄の保存車両
バージョンアップして第278回へ移転しました。道東北の保存車両 SL&DL、排雪列車 鶴居村ふるさと情報館 泰和車輛工業製DL機関車と自走客車 北海道遺産 遠軽町丸瀬布森林公園いこいの森 森林鉄道蒸気機関車「雨宮21号」 準鉄道記念物 名寄公園 SL排雪列車「キマロキ編成」 紋別市渚滑ふれあいパークゴルフ場 9600形69644 湧別町計呂地交通公園 C58139 湧別町中湧別駅記念館 排雪モーターカー 湧別町五鹿山公園 三共工業製ラッセル 斜里町ゆめホール知床広場 9600形59683 網走市卯原内交通公園 9600形49643 津別町相生鉄道公園 ロキ703 遠軽町公設グラウンド D51859号&雪カキ車キ100形282号 富良野文化会館 D51954 中頓別町寿公園 9600形49648 士別市つくも水郷公園 D51397 和寒町郷土資料館 D51337 海町鉄道記念館 D51-27 新得町SL広場 D5195 平取町振内鉄道記念館 D51-23 北見滝ノ上駅舎記念館 KATO 5t 貨車移動機 北海道産業考古学会
第271回 SL&DL、排雪列車 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年09月04日
歴旅・温泉、津別編
とってもマッタリ、つるつる 山間、林間の宿
奥屈斜路温泉 ランプの宿・森つべつ 都会人来たれ!! 夜空には星がくっきり、森の香りが感じられる。国立公園の阿寒湖、屈斜路湖に隣接した原始林には、野鳥のさえずりと清流のせせらぎしか聞こえない。真夏におススメ、大自然いっぱい♡、家族連れの虫取りが楽しい。とってもマッタリ、つるつるの天然温泉。 天然温泉 泉 質:アルカリ性単純泉(pH9.5) 泉 温:41.5℃~43.5℃ 加温・循環ろ過・塩素殺菌 ■露天風呂 ■大浴場 ■ジャグジー ■サウナ ■家族風呂(¥2,000/1時間) 外 湯:大人:500円 小人(4歳~小学生以下):200円 10:00~20:00(受付終了) 宿 泊:夜20:00まで 朝20:00から 料金4,000円(素泊まり)から13,000円 10,500円+1,000円プランの夕食
〒092-0222
北海道網走郡津別町字上里738番地
TEL 0152-76-3333
第270回 山のお宿、林間の天然温泉 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会

奥屈斜路温泉 ランプの宿・森つべつ 都会人来たれ!! 夜空には星がくっきり、森の香りが感じられる。国立公園の阿寒湖、屈斜路湖に隣接した原始林には、野鳥のさえずりと清流のせせらぎしか聞こえない。真夏におススメ、大自然いっぱい♡、家族連れの虫取りが楽しい。とってもマッタリ、つるつるの天然温泉。 天然温泉 泉 質:アルカリ性単純泉(pH9.5) 泉 温:41.5℃~43.5℃ 加温・循環ろ過・塩素殺菌 ■露天風呂 ■大浴場 ■ジャグジー ■サウナ ■家族風呂(¥2,000/1時間) 外 湯:大人:500円 小人(4歳~小学生以下):200円 10:00~20:00(受付終了) 宿 泊:夜20:00まで 朝20:00から 料金4,000円(素泊まり)から13,000円 10,500円+1,000円プランの夕食
〒092-0222
北海道網走郡津別町字上里738番地
TEL 0152-76-3333
第270回 山のお宿、林間の天然温泉 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
タグ :ランプの宿・森つべつ奥屈斜路温泉
2011年09月02日
ゼミ生、紋別を訪問
北海学園大学経済学部 私の後輩たちが、当市にやって来ました。チョッとだけ、講義しちゃいました。 大貝ゼミの今年のテーマは、『北海道の基幹産業としての水産業』 地域に足を運び、直に地域と触れ合うことを通して、地域産業と産業政策を学ぶため、8/29~31にかけて紋別市にやって来ました。 29日/紋別市役所水産課・・・漁業と加工の水産業概史、現状と課題 ~沖合底びき漁船の水揚げを見学 30日/企業訪問 紋別漁協製氷冷凍工場 マルチュウ出塚水産㈱ マルカイチ水産㈱ 31日/紋別市場を訪問 ~まとめ、発表会 ~ホタテ漁船の水揚げとトラックスケールを見学 協力;紋別市水産加工業協同組合 漁協工場、ああ、ホタテがいっぱい 沖合底びき漁船の水揚げ 出塚さんの屋上から港内を望む マルカイチさんのレクチャー ホタテ漁船の水揚げ セリ場を見学第269回 紋別の水産業を学ぶ 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年08月30日
旧日本軍飛行場
本部の建物は旧海軍隊舎のまま
陸上自衛隊第5旅団第6普通科連隊 美幌駐屯地 昭和15年の美幌に96式陸上攻撃機約40機、隊員約2,000名の海軍航空隊基地が建設された。戦後は米軍キャンプ地となり、警察予備隊美幌駐屯地を経て現在に至る。現在の駐屯地の建物84棟のうち、27棟は旧海軍が使用していたもので、火薬庫の跡や米軍ハウスなども残っている。 本部隊舎 当時のままの玄関ドア 大理石の階段 約250mもある雪中廊下 夜間戦闘機・月光(左)と一式陸上攻撃機(右)のタイヤ 代用陶製の手榴弾 天皇陛下の御真影 資料館・北辰館
第268回 旧軍遺産・美幌駐屯地 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会

陸上自衛隊第5旅団第6普通科連隊 美幌駐屯地 昭和15年の美幌に96式陸上攻撃機約40機、隊員約2,000名の海軍航空隊基地が建設された。戦後は米軍キャンプ地となり、警察予備隊美幌駐屯地を経て現在に至る。現在の駐屯地の建物84棟のうち、27棟は旧海軍が使用していたもので、火薬庫の跡や米軍ハウスなども残っている。 本部隊舎 当時のままの玄関ドア 大理石の階段 約250mもある雪中廊下 夜間戦闘機・月光(左)と一式陸上攻撃機(右)のタイヤ 代用陶製の手榴弾 天皇陛下の御真影 資料館・北辰館
第268回 旧軍遺産・美幌駐屯地 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年08月27日
美幌の古民家
昭和初期のレトロでモダンな貴重な建築物 北見市若松から美幌町へ抜ける道道217号の美幌町美和にある公民館は、昭和5年に十七区会館(美和南青年会館)として建設された。当時、ようやく一般へ広がりつつあったモルタルコンクリート造りの唐破風様はめずらしく、額縁窓と玄関建具がとってもオシャレ。第267回 モルタルコンクリートのレトロでおしゃれな建築物 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年08月24日
道東北の歴史遺産③
戦時編③

掩体壕とトーチカ 太平洋戦争では、道東北の各地の草原に飛行場が建設され、終戦間際の海岸線には多くのトーチカが築かれた。網走市内には8つが現存する。 旧海軍美幌航空隊第二飛行基地(大空町) 旧陸軍航空隊計根別第一飛行場(別海町) ~掩体壕とは飛行機の格納壕のこと 浜藻琴 網走港帽子岩
第266回 北海道の陸海軍基地 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会

掩体壕とトーチカ 太平洋戦争では、道東北の各地の草原に飛行場が建設され、終戦間際の海岸線には多くのトーチカが築かれた。網走市内には8つが現存する。 旧海軍美幌航空隊第二飛行基地(大空町) 旧陸軍航空隊計根別第一飛行場(別海町) ~掩体壕とは飛行機の格納壕のこと 浜藻琴 網走港帽子岩
第266回 北海道の陸海軍基地 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会
2011年08月22日
道東北の歴史遺産②
戦時編②

奉安殿(名寄市)と二宮尊徳像(鹿追町) 奉安殿は、戦前に天皇・皇后両陛下の「御真影(写真)」や「教育勅語」を保管した。東風連の奉安殿は、戦後に神社の内陣へ転用され、保存状態は良く、外観も美しい。 戦前には勤勉実直、質素倹約の模範として、各地に銅像が建立された。この尊徳像は、いわゆる金属製に代わる陶製の「代用品」が現存する珍しいもの。 北鹿追小学校の尊徳像 東風連小学校の旧奉安殿(東風連神社)
第265回 朕、憶に 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会

奉安殿(名寄市)と二宮尊徳像(鹿追町) 奉安殿は、戦前に天皇・皇后両陛下の「御真影(写真)」や「教育勅語」を保管した。東風連の奉安殿は、戦後に神社の内陣へ転用され、保存状態は良く、外観も美しい。 戦前には勤勉実直、質素倹約の模範として、各地に銅像が建立された。この尊徳像は、いわゆる金属製に代わる陶製の「代用品」が現存する珍しいもの。 北鹿追小学校の尊徳像 東風連小学校の旧奉安殿(東風連神社)
第265回 朕、憶に 北海道の歴史,北海道の文化,オホーツクの歴史,北海道文化財保護協会,産業考古学会,北海道史研究協議会,地域漁業学会






